地政学とリアリズムの視点から日本の情報・戦略を考える|アメリカ通信

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『帰化日本人』 三つのまえがき 

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▲帰化人から日本を見れば 石 平

黄文雄さん、呉善花さんの二人との鼎談本が出版されたのは、これが二冊目である。

一冊目の鼎談を行った時にまだ中国国籍であった私は、その年の年末に日本国籍に帰化して、晴れて日本国民の一員となった。実はこの点にかんしては、黄さんと呉さんの両方ともは私の先輩格で、以前からとっくに日本国籍に帰化している。

つまり、今という時点では、外国からの帰化人であることは、私たち三人の最大の共通点となっているのである。

日本国民の一員となったとはいえ、単一民族の日本社会の中では私たちはやはり少数派である。周りの日本人たちに溶け込みながらも、私たちには生粋な日本人とは全然違った生い立ちと文化的背景があり、帰化人としての独特の心の葛藤をいくぶん持っている。そして、私たち自身の出身国(特に中国と韓国の場合)の視点からすれば、祖国を「捨てた」私たちはいかにも常識はずれの不思議な存在であり、得体の知れない変わり者なのである。

つまり、私たちはどこへ行っても、普通に暮らせるような普通の人間にはもはやなれはしない。私たちは永遠に、「普通でない」特別な存在でなければならないのだ。実はそれこそは、帰化人の負うべき宿命であろうか。

そういう意味では、今回の鼎談はまさに、「普通でない」人間たちの間の風変わりな対談なのであり、いわば「奇人」による「奇談」の類いのものである。

したがって、この鼎談の中で私たちの語り合った日本と中国と韓国と台湾は、生粋な日本人の読者の皆様の見た日本とも中国とも韓国とも台湾とも大きく異なっているのだ。変わり者たちの見た世界はやはり普通ではない。それが幾分、形の変わった世界となるのだが、実はこのような世界の中からは、普段でもなかなか見えてこないような真実が多少見えてくるのである。

それは一体どのような真実なのか。読者の皆様に本書を読んでいただくしかないだろうと思うが、とにかく、変わり者たちの見た変わった世界に入っていくことは、本書を読むことの一番の楽しさとなるのではないだろうか。

そして、生粋な日本人である読者の皆様は、本書を読み終えたときには、もし今まで以上に日本という素晴らしい国を愛したい気持ちになっているのであれぱ、もし今まで以上にこの国の現在の姿にたいする危機感を強めているのであれば、そして今まで以上に颯爽とした高揚なる気持ちになっているのであれぱ、それこそは、この鼎談を行なった三人の変わり者の狙いと願いであり、帰化人としての私たちの、日本への報恩となるのである。

最後に、鼎談して下さった黄さんと呉さんに御礼を申し上げたい。そして、これから本書を読んでいただく読者並びにこんど開設した石平公式サイトを訪問してくださる皆様との出会いを喜びたいものである。


▲日本の文化力を世界に発信したい 呉 善花

日本に定住して長らく生活してきた、台湾出身(黄)、中国出身(石平)、韓国出身(呉)の三者による、日中韓台の文化的な伝統と現代をめぐる鼎談である。

以前から、我々三人にはどこか共通する「文化センス」があるなと感じてきた。我々には、ともに中華文明圏に育ち、ともに母国の政治性に強い批判意識を抱え、日本文化に強く惹かれてきたという共通性がある。しかしながら、私が感じる「文化センス」の共通牲は、単にそうしたことに求められるものではない。

私自身は、日本文化に惹かれていくなかで、「日本文化の独自性は世界文明の未来的な課題を提起している」という思いを強くもつようになった。そして、黄さんと石さんのお仕事に接していけばいくほど、私と同じ思いの響きを強く感じるのである。「文化センス」の共通性なくして、こうした共鳴関係が生じることはないはずである。

だからこそというべきだろう。本書は、それぞれが「日本文化の独自性とは何か」「そこからどんな未来的な課題が導き出されるか」を、自文化との比較検討をさまざまに行ないつつ、多方面にわたって語り合うものになっている。いたらぬところは多々あるにせよ、何に遠慮することもない自由で思い切りのよい発言に心がけ、それによって得られた成果は十分にあったと思う。

この鼎談を通してあらためて感じられることがあった。それは、我々の故郷の文化的なべースに抱え込まれているある種の共通性と、我々の間に感じられる「文化センス」の共通性は、もしかするとかなり関係しているところがあるのではないか、ということである。黄さんは中国大陸南部に近接する島・台湾が故郷で、石さんは中国大陸南部の揚子江上流域に位置する四川省、私は韓国最南端の済州島が故郷である。

日本列島・朝鮮半島・台湾の文化は、中国文明の多大な影響を受けてきたことはいうまでもない。しかし、ひとくちに中国文明といっても、黄河流域を中心とする北部と、揚子江流域を中心とする南部とでは、文化習俗に大きな異なりがある。その違いは時代を遡れば遡るほど大きなものであったことが知られている。そして、日本列島・朝鮮半島・台湾が、中国北部の文化とは別に、古くから中国南部の文化と密接なかかわりをもっていたこともよく知られている。

とくに東シナ海をめぐる朝鮮半島南部、日本列島南部、台湾、中国揚子江流域以南の文化習俗には、中国北部の文明とは異質な共通性が色濃く見られることが、考古学調査、比較民族学、神語伝承などの研究から明らかにされている。そのことから、これらの地域は、より古くは「環東シナ海文化圏」と呼ぶにふさわしい一個の文化圏としてあったとの観点からの研究も広く行なわれてきている。

我々はいずれもこの地域から日本へやってきた。我々の足下のずっと深くのほうに、日本文化とつながる共通の世界が広がっているのではないだろうか。この鼎談を通して、そのことを強く感じさせられた。

▲日本論や日本文化論は真っ平ごめん 黄 文雄

同じ東洋人といっても、日本人は比較的に思いやりがあって、礼儀正しいのは、いったい、なぜ、そうだったのだろうかとよく考えさせられる。もちろんそのような国民的性格を育てるのには、長い文化的風土が欠かせないとも思われる。

だが、国民性は時代によっては変わるものだ。戦前の日本人はがいして進取の精神、冒険心、好奇心を持ち、勤勉で勇気と責任感が強く、そして日本人としての誇りも強かった。

私はよく「日本文化」に関する講演の後、独自の研究から得た戦前の日本的性格についての調査アンケート計十八項目を配り、調査を繰り返してきた。そこには、はっきりとした変化が見られ、しかも年齢によって徐々に「美徳」と思われるものが喪失しつつあることがわかった。

台湾はよく親日国家といわれるが、私も同感である。だが、その親日の最たる理由の一つは戦前の日本人がよき「我が師」として尊敬されたからであって、決して戦後の日本人ではないことはたしかである。

「アジアは一つ」というのはよく知られる岡倉天心(一八六二?一九二三)の名言だが、じっさいアジアは一つではない。儒教文化圏あり、仏教文化圏あり、ヒンディやイスラムの文化圏もある。東洋と一口にいっても、中国人、韓国人、台湾人、日本人それぞれのものの見方や考え方も一つではない。文化、言語、宗教、さらに利害関係がちがえば、世界観、歴史観、人生観、価値観がちがうのもごく当たりまえのことだ。だから中国は決して一つではないし、台湾でさえ一つではない。少なくとも国家、民族、文化、社会のアイデンティティがそれぞれちがうという、この島の複雑な事惰があるからだ。

戦後日本人の「自画像」は、外からみると「ずいぶん可笑しいのではないか、似ていない」というのは私だけでなく、呉善花、石平両氏も同感だ。少なくとも「親日」といわれる台湾では、いまや「姶日族」(日本大好きな人々)の新時代に入り、高校生の第二外国語の日本語選修が九〇パーセント、一番住みたい国、尊敬する国はアメリカを抜いて日本がトップになっている。反日国家と思われる中国・韓国も日本帰化、日本人と結婚、密入国でも一位、二位である。いったい、なぜそうだったか。日本人論も日本文化論も、まず「論」ではなく、こういった現実に対する視点から語らなくてはならない。

本書は前著『売国奴』と同じく、私と呉善花、石平三人の鼎談という形で、「天下国家」を諭じるのをさけて、マスコミ、教育、道徳、食事、風習、夢という「世間話」から忌憚なく、所見を交えるものである。本書が他山の石ともなれぱ幸甚である。

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